『わたしの描きたいこと』

「みんな元気になる絵本」(254回)でカミさんが紹介した絵本『花ばぁば』(クォン・ユンドク絵文 桑畑優香訳 ころから)の制作過程を追ったドキュメントDVD『わたしの描きたいこと』を観ました。観ているうちに段々緊張してきて、いつの間にか正座して観ていました。背筋の伸びる思いでした。
韓国の絵本作家クォン・ユンドクさんが、日本軍「慰安婦」をテーマに創作した絵本『花ばぁば』。日本の絵本作家さんたちから中国、韓国の作家さんに呼びかけてスタートした「日中韓平和絵本プロジェクト」の参加作品として制作されました。参加されたのは、2007年です。しかし、3か国同時刊行が約束されていたにもかかわらず、右翼からの攻撃を恐れた出版社や関係者の判断で、日本での刊行が無期限延期されることになりました。戦争における国家的性暴力というストレートなテーマの前に立ちはだかる、「日本」という複雑な問題に、苦悩する作家の創作過程を追ったドキュメンタリーです。
プロジェクトでは当初、絵本作家クォン・ユンドクさんの日本軍「慰安婦」をテーマにした作品を創りたいという思いを、日本の作家さんたちも歓迎します。しかし、制作を進めていくうちに日本側から、日本の子どもたちは戦争の残虐性や侵略性を知らないで育っているという「歴史認識の問題」、慰安婦というテーマが理解できないだろうという「性的な問題」、「右翼からの攻撃」を理由に、度重なる注文がつき、クォン・ユンドクさんはその都度苦悩し、結果的に12冊ものダミーを創ります。
ある時は、日本側の出版社D社の編集長は、作品本体を「ひどい体験をした女性が新しく生き方を見つけていくことに共感する」というの筋立てに変更することを要求します。これに対して韓国側の出版社の編集長からは、この絵本のテーマは、「ある女性が性的虐待をうけて、それを克服して生きていく人生の物語ではない」「作家が描いていることに口出しするようなことは正しくない」「出せないなら、出版しなければいい」と強い言葉が出てきます。
DVDを観ていると、出版社のご都合主義や右翼への弱腰を感じます。しかし、出版に漕ぎ着けたい、著者との信頼関係を守りたいと苦悶する出版社D社の姿も見て取れます。
DVDは、幾度かの出版延期の挙句、2012年日本側の出版社D社から再度の延期(出版断念?)のメールが送られてきたところで終わります。
出版延期された絵本をどうしてウチのカミさんが「みんな元気になる絵本」で紹介できたかというと、2018年に東京・赤羽にある出版社「ころから」さんが日本での出版、日本語版を刊行したからです。2018年4月29日初版発行。クォン・ユンドクさんが創作を開始してから12年の歳月を要しました。
「ころから」の木瀬さんは、「歴史認識の問題」、「性的な問題」、「右翼からの攻撃」など、出版社D社が克服できなかった重い問題に、どの様に対処されたのでしょう。「ころから」さんの入居ビルが右翼の街宣カーに取り囲まれたとか、インターネット上で炎上してホームページにアクセスできなくなっているとか、私が田舎にいるから知らないだけなのかもしれませんが、聞きません。伝え聞くのは、クラウド・ファンディングの資金支援のお金が集まったこと、木瀬さんが絵本製作の経験がなく、絵本は一般書に比べページ数が少ないと原価計算をあまく見積もって(墨版1回刷のところ絵本は少なくとも4色刷るので4倍以上経費が掛かる)大幅な資金不足を招いてしまったことなどです。
実はウチのカミさんの原稿も、毎日新聞社から形容詞1品詞の変更要請がありました。原稿の変更要請は、後にも先にもこの時だけです。地元紙に書評を書いたことのある店のお客様たちの話では、勝手にバンバン書き換えられるとぼやいておられますが、さすがにその様なことはありません。1品詞の変更で載せてもらえたので、さすがに毎日新聞だと感謝しています。が、この回だけ、毎日新聞のWEBページに掲載されませんでした。毎日新聞は、『花ばぁば』の刊行を知らせる記事は載せています。ウチのホームページには、毎回掲載された毎日新聞WEBページへのリンクを貼っているのですが、今回はそれがないので、「ころから」さんのWEBページ『花ばぁば』の刊行が毎日新聞で紹介されました『花ばぁば』の刊行が毎日新聞で紹介されましたにリンクを貼りました。

「日中韓平和絵本プロジェクト」は、現在「日・中・韓平和絵本(全10巻)」としてD社から刊行されています。絵本『花ばぁば』が予定通り刊行されていたら、全11巻となっていたのでしょう。「日・中・韓平和絵本(全10巻)」の中には、DVDで登場される、浜田桂子さんや田島征三さん、田畑精一さんの作品が入っています。イ・オクベ さんの作品もも入っています。
クォン・ユンドクさんが、日中韓の作家や関係者が集まって出版すると約束したのに、日本の出版社を「信頼」できなくなると嘆く場面がありました。
数か月前に、カミさんのFB友だちの長谷川集平さんが、新作絵本『ぼくはラララ』の出版計画打切りのメールを受け取り、悔しく思っておられる投稿を読みました。この件もD社です。出版直前段階まで進行したダミーが送られていた、それに対しての返答です。「ファンは買うだろうけれどそれ以上は売れないだろう」という理由だそうです。これを読んで驚いたFB友達の中の一人が、出版社を変えてみたらどうかと提案し、「ひだまり舎」(カミさんの友だち、中村さんが主宰する元気な出版社。今年の4月に田島征三さんの絵本『ちきゅうがわれた!』を出版されています)を紹介しています。これに応えて長谷川さんは、「出版は信頼関係の上に成り立っていると思います。ぼくはまだHさん(編集者)を信頼しているので」と答えています。出版は「信頼関係」という言葉で思い出しました。
1982年私が27歳で絵本屋をやり始めたばかりの頃のことです。石川県の山中温泉で、赤羽末吉さんや渡辺茂男さん、松野 正子さん他(忘れてしまったのですが)総勢10名ほどの錚々たる面々が集まって絵本のセミナーが開かれました。私はその裏方のお手伝いに行っていたのですが、その裏方の控室でD社の営業の方とお会いしました。早速名刺を取り出して、ご挨拶をしたのですが、何故かせせら笑いをされたようで何か変なのです。現文科大臣がおっしゃるように、何事も「身の丈に合った」身の振りが必要だったのでしょう。裏方の仕事が一段落して控室に戻ると誰も居ません。床に私の名刺が捨てられていました。私は黙ってそれを拾いました。

カテゴリー: 写-映画, 書-絵本 | コメントする

ペーター・ハントケさん

今年のノーベル文学賞にペーター・ハントケさんが決まりました。『ゴールキーパーの不安』は有名ですが、邦訳『不安―ペナルティキックを受けるゴールキーパーの… 』も読んだことがありません。読んだことはないのですが、観たことがあります。ハントケさん脚本の映画『ベルリン・天使の詩』(ヴィム・ヴェンダース監督)です。DVD持ってます。
でもこれ、難解ですよ。

P.S. 『不安―ペナルティキックを受けるゴールキーパーの… 』ですが、現在品切れ中です。というか、ずっと絶版になっているので、受賞をきっかけに、きっとどこかの版元が新訳で出版してくると思いますよ。古本市場は急騰しています。

カテゴリー: 写-映画, 書-文学 | コメントする

芋の花、エンドウの花

今日カミさんは、台風の来襲や何やかやで延期になっていた、矢車草とキンセンカの植え付け、ポピーの種まきを始めました。やっと雨の降らない日曜日になったので、朝からそわそわしています。私も畑の方はそこそこにして、庭の草取りや樹木の施肥に切り替えて、手伝うことにしました。
カミさんは、小鉢に種を植えて、芽が出たところから、地面に直に植え付けていきます。そこで私に土を加えてほしいと言うので、畑から泥を持って来て、鶏糞や米糠や骨粉などを加えて、その上小石やゴミを取り除き、土づくりをします。時間に余裕があれば、有機石灰も撒きます。野菜作りと同じように。だけどと今日思ったのですが、花の栽培は実や菜や芋を収穫するわけでないので、そこまでやる必要はないのでは?石が混じっている方がかえって水はけが良かったりして。
カミさんが植えた百日草やコスモスは今満開です。初夏に植えた矢車草もまだ咲いています。その花に蜜を吸いに来た黄色いアゲハが止まっていたりすると、とてもきれいで、草取りの手が止まり、気持ちが吸い寄せられてしまいます。
ジャガイモやさやえんどう、カボチャなどの野菜たちも、とても美しい花を咲かせます。だけど、畑作業の手を止めて、きれいだなぁとながめることってないなぁと気付きました。今は玉葱の植え付けですが、次はさやえんどうです。来春からは、野菜の花のきれいなことも楽しもうと思いました。花に栄養がとられると困る野菜であっても、あわてて摘んでしまわないで、眺めて楽しんでと。

カテゴリー: の‐農業 | コメントする

映画『新聞記者』観てきました。

 

今日、富山市中央通りの「ほとり座」さんで、映画『新聞記者』を観てきました。この作品は、東京新聞記者・望月衣塑子さんの著書を原案にしたサスペンスドラマです。
現実の姑息な悪だくみに比べ、けた外れに大きな陰謀とそれに立ち向かう新聞記者と内調調査官の葛藤、緊張の連続が、かえって問題の本質を分かり易くしてくれます。毎日新聞に連載されていた池澤 夏樹さんの『アトミック・ボックス』を思い出しました。
カミさんに、「ちょと創り過ぎじゃないの」と言うと、「フィクションなんだから、これでいいの!」と断言。「そうですか」と私。
全国のあちこちで上演された知らせを聞いて、富山じゃ観られないのかなぁ、と残念に思っていたので、うれしかったです。この前は、『主戦場』、その前は『マイ・ブックショップ』を「ほとり座」さんで観てきました。11月には、私の自宅がある射水市小杉町の竹内源造記念館でも、ほとり座さんの協力で、映画『わたしはロランス』の上映が予定されています。「ほとり座」さんありがとう。

カテゴリー: 写-映画 | コメントする

最大級の台風接近 どうする柿の実

史上最大級と予報されている台風19号が接近しています。12日の午後にも暴風圏内に入ってしまうというので、いろいろ心配なことがありすが、その一つに、柿の実を収穫してしまおうかどうか、朝から迷っていました。もう2度も収穫をしたので、家には十分柿の実があります。我が家には、水島柿1本と渋柿が2本あるだけで、販売するために育てているわけではありません。渋柿はあと1週間後位で収穫できそうなので、柿の好きな弘前に居る次女に、甘柿と一緒に送りたいと思っていたので、今収穫したくないのです。
今日から3連休で、発送するとしても火曜日。弘前行きの宅急便は秋田で一泊するので、富山からは2日掛かります。水島柿はとても弱いので、娘の所に届くまでに5~6日置くことになると、劣化が心配です。
昨日から始めた玉ねぎ植え付けのための土づくりの出掛けに、迷いながら柿の木を見上げていると、近所の爺さんが、「おっ、柿いっぱい実っとるねぇ」と声掛け。「台風来る言うとるもんで」と答えると、「そら取らんなあかんわ。青い実ならともかく、赤~なってしもとるがに」と言います。木に下がっていればいくらかはモチがいいのですが、台風で擦れ合うようなことになれば、傷みは早くなります。
決めた!ということで、少し黄色いところのある20個ほど残して、摘んでしまいました。
さて、娘に送る柿はどうなるか。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

金沢限定幻の酒 を かほくで買う

かほく市に居る三女のところに、今年獲れた「コシヒカリ」・ブランド米「富富富」の新米を届けに行きました。イオンモールで落ち合ったので、ちょっとイオン・リカーを覗きに…。ひやおろしコーナーで、「あっ!金沢限定 幻の酒!」と娘。「何々、吟醸原酒 銀の月?初めて見たわぁ」と私。「ひやおろしちゃ何け?」と娘。ひやおろしについて説明して、「だから生詰。だけど今で一年中造っとるから、それ程特別じゃないが」と私。「そんなら、普通の銀の月があるんじゃない」と娘が言うので、それもそうだと日本酒が並んでいる棚へ。しかし、隅から隅まで娘と探しましたが、ありません!
実は最近休肝日を週4日も設けることにしたので、毎日飲んでいた頃のお酒が納屋の冷蔵庫の中にいっぱいあって、買い控え中なので、暫し思案。やっぱり「金沢限定」で「幻の酒」だからと買うことにしてしまいました。

銘柄は「銀の月」、蔵元は金沢市の「竹内酒造店」、酒別は「吟醸原酒(瓶のラベルは源酒)」、精米歩合は「60%」、アルコール度数は「20度」です。
金沢のお酒らしく、コクのある味の濃い、しかしスッキリとしたキレ味の良い、おいしいお酒でした。ただ、アルコール20度はキツイです。

結局、金沢限定幻の酒って、僅かしか造っていないので、金沢市内に配るのが目一杯で、他の土地では幻の酒ってことでしょう。でも運良く、限定の金沢ではなく、かほく市で買いました。

カテゴリー: 酒-日本酒, 酒-空瓶がいっぱい | コメントする

空瓶がいっぱいに の はじまり

 

お客様の若い女性から、お土産に佐渡の銘酒「真野鶴」と「銘酒探訪帳」をいただきました。うれしい~ぃ。
このお客様は、新潟のご出身で、ウチの三女と出身大学が同じで、学部は違いますが先輩になります。本のお好きな方で、ウチの店には、ご自分の本と、妹さんの息子さんたちへの絵本のプレゼントを求めてお出でになります。とても明るくて、楽しいお話をされる方で、お顔を見るとうれしくなります。以前にも、黒姫童話館の「馬場のぼるの世界展」の11ぴきねこグッズをお土産にいただいたことがあります。
そこで、早速「真野鶴」を飲んでみますと、新潟のお酒らしく、すっきりとした飲み心地ですが、口に含んでいるとコクのある、奥深いものを感じる美味しいお酒でした。
実は「真野鶴」を飲むのは今回が初めてです。新潟駅内のお土産店には、いつもたくさん置いてあり、何度も手に取ってはいたのですが、買って帰ることがなく、ずっと気になっていた1本だったので、今回飲むことができてとてもうれしかったです。

一緒にいただいた「銘酒探訪帳」は、新潟市内の第一印刷所というところが発行元で、実に新潟らしくて、吉川酒店の「地酒防衛軍」「隊員心得之条」を思い出しました。懐かしい~ぃ。
この探訪帳ですが、記入項目がなかなか厳しくて、日付、銘柄、蔵元、酒別、原料米、精米歩合、アルコール度数、日本酒度から始まって、味わいの印象、おいしい飲み方、合うお料理、まだまだ続きます。

これは面白いと思い、ヒントを得て、
今まで呑んだお酒の空瓶と蛇の目の呑み利きを集めていたのがいっぱいになって、置いておく場所がなくなり、一度は大量廃棄したのですが、またもやいっぱいになって、困っていたのを、写真に撮って廃棄していくことにして、撮った空瓶の写真と覚えている限りのそのときの気持ちを、ここに載せていこうかなと思っています。うっかりこのページを開いてしまった方にはご迷惑でしょうが、悪しからずよろしくお願いいたします。

カテゴリー: 酒-日本酒, 酒-空瓶がいっぱい | コメントする

糸魚川で化石展を見てきました

糸魚川へ「糸魚川の化石展」を見に行ってきました。この展示会は、「糸魚川の町屋文化を守り伝える会」(児童文学作家の小川英子さんが代表をしている)が、糸魚川市本町の旧倉又茶舗(小川さんの生家)を会場にして開催しています。で、本当のことを言えば、私は化石のことは全く分からない門外漢で、この会場の中に木村太亮さんの壁画があるというのと、木村さんの恐竜カードが販売されているというのを目当てに、それと会場のお向かいが「加賀の井」の蔵元さんであることなどなどに突き動かされて、「糸魚川の化石展」最終日の前日に、急遽「明日、出掛ける」と決めました。

今日は暑いぞと確信させる7月末日の早朝、富山を出発。糸魚川についた午前9時半ごろで、もう大変な暑さでしたが、本町の通りに入ると冬の豪雪のための雁木が、この強い日差しを遮ってくれて、歴史を感じる町屋づくりと相まって涼しくさえ感じます。その雁木通りを歩いていくと、「糸魚川の化石展」の立て看板が見えてきました。入り口が開放されていて、明るく入りやすい雰囲気です。まだ、開場早々という感じで、パンフレットを揃えたり、蚊取り線香に火をつけたり、お茶の準備をしたりと忙しく立ち働いておられる最中の、旧倉又茶舗の家主で、児童文学作家の小川さんが、笑顔で迎えてくださいました。
itoigawa
早速、化石の説明になって、フォッサマグナの糸魚川地域に限らず、富山県も化石の宝庫で、「おわら風の盆」の八尾町辺りは、化石の上に街があるといっていいくらいだそうで、へぇ~初めて知りましたって感じ。展示されている化石は手に取って見ることができて、まあるい泥団子のようなものがいくつも展示されていて、そういう形のものは中に化石が入っているそうで、それぞれ真っ二つに切断されていて、開いて中の化石を見ることができました。その中の一つに、二枚貝の「フナクイムシ」の化石があって、「えっ!今年の春に古町の居酒屋「五郎」で、確か「フナクイムシの刺身」って説明受けたと思うんですが、食べましたよ。美味しかったですよ」って思い出したのですが、小川さん「えっ!ほんとに食べれるの」と化石のフナクイムシを見ながら不思議顔。化石展のスタッフの方にお聞きしようと話していたところに、糸魚川ジオパーク認定ガイドのFさんが現れて、「たぶん食べたのは、フナクイムシでしょう」との回答。私の情報が正しそうなのには、ほっとしたのですが、化石を見ながら、コレたべたのかなと思うと複雑な気分になりました。
この後Fさんは、けっこう長時間にわたって、化石のこと、化石の歴史的なこと、地理的なこと、日本列島が形作られてきた過程、フォッサマグナのことなどなど熱心に分かりやすく説明してくださいました。フォッサマグナという言葉は知っていましたが、今まで全く違う理解をしていて、フォッサマグナのお話にはとても興奮しましたし、化石の魅力も少しは理解できたかなと感謝しています。「先達はあらまほしき事なり」であります。

Fさんのお話に夢中になって、木村太亮さんの壁画を見に来た第一の目的を忘れるところでした。小川さんにお願いすると、町屋の奥に案内してくださいました。お店だったエリアから通り土間に入ると、立派な吹き抜けの天井があり、流し場には井戸が生きていて水道水と冷たさ比べができます。奥に広い町屋づくりをず~っと入っていくと、中ごろに内蔵があって、住居エリアがあって、その奥に広い土間があって、本日のイベントのためのブルーシートが敷かれていたのですが、その壁面に目的の壁画がかけてありました。壁画は切り絵で創られていて、本日のイベントと同じように、ワークショップを開催して、木村さんと子どもたちが、木村さんの用意したオリジナルの彩色紙を使って創り上げたものなのだそうです。一つ一つの魚やフクロウの形や表情が面白く、子どもたちが木村さんとのびのび創り上げたのだろなぁという様子が窺えました。
とても楽しい化石展でした。
kimura

「糸魚川の化石展」会場、旧倉又茶舗を出て時計を見ると、正午をとっくに過ぎていたので、斜め向かいにある、木村太亮さんも入ったという、「そば処泉屋」さんでお昼にすることにしました。注文は、ざるそばです。妙高山麓のそば畑で収穫した霧下のそば粉で打ったそばだそうで、とてもおいしいそばでした。春に深大寺の「一休庵」さんで十割山菜そばと天ざるそば(十四代呑みました)をいただいて以来の、本格的そばって感じです。ただ、薬味が(たぶん)ネギ坊主(の乾燥野菜)がまるごと二個付いていて、これは初めての経験です。私は百姓なので、ネギ坊主というのは、ネギ栽培のピーク時を意味するもので、出てくるとこれば採ってしまいます。てんぷらにして食べると美味しいらしいのですが、大半は「石油を作る」と冗談を言って、草と一緒にたい肥作りへ。糸魚川では、そばの薬味にネギ坊主を使うのですね、処変われば、ですね。まるごとはちょっと苦いので、刻んでもらった方がイイかなぁ。
sobaya

「そば処泉屋」さんを出たら、次はお隣の「加賀の井」さんです。今回で、三回目になります。今回も買い求めたのは、「加賀の井純米吟醸4合瓶」(1,404円)で、3回とも同じものです。三女が新潟大学に入学して引越しの帰りに、長女が大のファンの高橋留美子さんのアニメキャラクターの付いた「ふじの井」さんの日本酒をお土産に持ち帰ったところ、歴史好きの長女が、「新潟なのに「加賀の井」というお酒があってね、加賀の殿様が~云々」と講釈を始め、それを聞かされた後、次に新潟へ行ったとき「加賀の井」を買い求め、家に帰り呑んでみるととても美味しく、私が日本酒ファンになるきっかけになったお酒の一つです。ただ、生憎新潟へ出かける時、糸魚川通過は、早朝か夜間になってしまい、「加賀の井」さんになかなか立ち寄ることができません。とても残念です。
kaganoi

それと、早朝富山を出て、真っ直ぐ糸魚川本町へ向かったかのように書いていますが、実はその先に、糸魚川押上の「雪鶴」蔵元へ。蔵元のホームページの案内では朝8時から営業とあったので、早く着いたら行ってみようと決めていました。訪ねると、(たぶん)蔵元夫妻とお孫さん、店内お掃除中、でもあっさり入れてもらって、「どちらから来られました」「富山です」「富山なら美味しいお酒、いっぱいあるじゃないですか」から始まって、直ぐに打ち解けて、何か近所の豆腐屋さんに朝餉の味噌汁の具を買いに行ったみたいに、「雪鶴純米吟醸無濾過生原酒4合瓶」1,458円を買って来ました。こちらの酒蔵を訪ねるのは、今回初めてです。雑誌や日本酒関係の本にも取り上げられている、けっこう有名な蔵元さんなのですが、蔵元だからといって私のような日本酒が好きなだけの素人庶民を見下すでもなく、また客だからといって変にへりくだることもなく、普通に接して下さる、新潟へ来るといつも感じるこの水平志向が、私はとても好きです。
yukitsuru_souji yukitsuru

本当に、富山や金沢で、専門店で日本酒を買うの、精神力要ります。
酒に限らず。
専門店経営するのも。

カテゴリー: 暮-旅行, 酒-日本酒 | コメントする

日販担当者さん交代

ウチの日販の担当者さんが変わりました。日販は担当者が目まぐるしく変わります。交代して他の支店に異動されたのかといえば、必ずしもそうではありません。仲良しの人が支店内に増えていくということにもなります。どうも、担当が変わったのは一カ月程前だったみたいなのですが、カミさんが年間定期購読キャンペーン(雑誌を定期購読申し込みすると1か月分無料になる)のことや何やかやと(結果的には)前担当者宛に次々と問い合わせをするものだから、早くあいさつに行かなきゃダメだよということになって、電話で予告があっての7月5日来店になりました。
今度の担当者のGさんは、実は中堅取次「T社」の前北陸支店長さんです。「T社」さん大変なことになっちゃって、日販北陸支店さんに再就職されたのですね。経験豊富な方なわけで、いろいろ助けてもらえればと思います。
「T社さんといえば、「クレヨンハウス」さん、帳合は「T社」でしたよね、先日落合恵子さん、富山においでになって、ウチが即売したんです」、とついうっかり(本当に、ついうっかり)30年位前の話をしてしまい、Gさんも一瞬ドキィ!とされた様子に見えましたが、「東京にいた頃しばらく担当したことがありまして、もちろんご本人(落合さんのこと)にお会いしたことはありませんが、男じゃなくて、女性の担当者を寄こしてくれって、いわれちゃったりしてぇ」と苦笑いしておられました。落合さんちほどになると、取次との交渉は社長がお相手だったようで、著書の中で、取次の社長とやり取りした経過を書いておられます。だから、Gさんは、落合さんには会えなかったわけで、私にしても、日販の社長さんにお会いしたことなど一回もありません。「ついうっかり話してしまった」ことで、私の30年程前の苦い記憶を呼び覚ましてしまい、またGさんも、年の頃が私とそう変わらないと思いますので、まだ若い駆け出しの営業マンとして、つらい思いをされたのではないかと思いました。

私がプー横丁を個人創業したのは、昭和56年10月26日、26歳の時です。富山市清水町にあった醤油醸造所の豆蔵倉庫後を借りて、無店舗外商書店から始めました。(余談になりますが、我が家は、祖父の時代は醤油醸造業だったらしく、それが原因なのかどうかは知りませんが、何軒かの夜逃げした家の保証人になっていたりして、私が物心つく頃はまったく跡形もなく、しかし私は小さい時から「しょうやのぼうやちゃん」で、恐ろしいことにウチのカミさんもお嫁さんに来てからずっと「しょうやのねえちゃん」(もう何十年前の話?)で、「うちは「本屋」なのに、なんで「醤油屋」なが」と笑っていますが、醤油屋の倉庫から仕事を始めたのは、何か不思議な縁でした) 太田口通りに店舗を開いたのは、翌年の7月1日です。
私の本屋の最初は、福音館書店代理店こどものとも社社グループの3次代理店から分けてもらうことから始まりました。3次代理店からなので、1次代理店がいくらピンハネしているのかわかりませんでしたが、2次代理店で5パーセントのピンハネ、3次代理店で3パーセントのピンハネで私のところに入ってくるので、福音館書店の絵本でやっと2割の利益で、岩波書店が95掛け、1000円の本を売って50円、至光社に至っては98掛け、1000円の絵本を売って20円の利益でした。例えば、何とか図書館さんにお願いして買っていただけることもありましたが、ラベルを貼ったりカードを付けたり、ブッカーを掛けたりするするサービスができなかったので、5パーセント引きで勘弁してもらっていましたが、岩波書店の絵本をお買い上げいただいた場合ですと、95掛けマイナス5パーセント引きで、1000円の本をお買い上げいただいて利益が無いという具合、保育所や幼稚園でもご購入いただきましたが、大手の保育書出版社代理店さん各社がしっかりお出入りしておいでで、10パーセント引きは当たり前という状態の中、ここでも5パーセント引きで勘弁してもらっての販売で、そんなことをやっていました。至光社であれば赤字です。
ところが、お店の開店から1年余り過ぎた頃、3次代理店が2次代理店との契約を打ち切って、こどものとも社グループから抜けて、福音館書店と直接代理店契約を結ぶということが起きました。このことで、福音館書店の絵本の掛け率は5パーセントも下がったのでうれしかったのですが、福音館書店以外の出版物を殆ど仕入れることができなくなってしまいました。この3次代理店から福音館書店1次代理店になったところは、もともと文房具の納品屋さんなので、ほかの出版社さんの本が仕入れられなくても影響が少ないのですが、店を開いている私には大問題です。
当時は、富山の街中にはたくさんの書店があって、太田口通りから数百メートルの範囲にさえも、東西に好文堂、清明堂、瀬川書店、文鳩堂、中田図書、南北に清文堂、文泉堂、上野書店、大場書店、フタバブックス、ひまわり書店、他にもまだ何軒かあって、そのうえ古本屋さんも、南陽堂、今井書店のような老舗から、名前忘れちゃったのですが私がよく利用した堤町通りの古本屋さんとか、太田口通りには古書店チェーン貴文堂の本店があり、どちらも大賑わいで、それこそ中でもひときわ小さい、6坪くらいだったと思うのですが、「T社」帳合のB堂さんでも、百科事典や文学全集の注文が入って入って、荷物を捌くのに夜も眠れないと言っておられたことを覚えています。そんな時代背景の中で、本を仕入れようにも、全く仕入れる方法がありません。今、街の本屋さんたちや新興出版社さんたちが、いろいろ工夫して、新しい本の流通の試みに挑戦しておられ、ウチも興味津々ですが、当時の既存の書店さんたちには、新たな仕入れ先など全く要らないことだし、既存の本の流通に、少しのほころびも生まれてはいませんでした。ましてや、私の場合は、児童書専門店です。誰も相手にしてくれません。
時は年末年始を目の前にした11月、クリスマスは、店売も外商も最大の書き入れ時です。年が明ければ、新学期の採用決定期、学校巡回が控えています。何とか本を手に入れることができないか、できれば正常なルートで、普通の掛け率でと、必死の思いで出かけて行ったのが、当時金沢市の近江町市場の近くで、金石街道沿いにあった、「T社」北陸支店でした。

「T社」北陸支店へ行くと、S支店長さんにお会いすることはできたのですが、全くの立ち話で、開口一番、「児童書専門店は、ダメ。そんなものやれるはずがない。落合恵子のクレヨンハウス、あそこうちなんだけど、切っちゃたよ」と自慢話のようにはなされました。何か私が悪いことをいているヤツというように見下して睨んでおられるので、なかなか話になりません。もう帰れ、という対応だったのですが、簡単に引き下がることができないこちらの事情があるので、全て注文品であることや、採用品が多いことなど話して踏ん張って踏ん張って、やっとその都度現金決済で取引してもらえるところまで話がまとまりました。ちょうどクリスマスプレゼント採用の受注、「たこをあげるひとまねこざる」53冊を持っていたので、それを発注して、ホットして、内心ワクワクして帰りました。1週間ほどして、「T社」のジーパン姿の若い社員が、ウチの店まで配達に来てくれて、約束通り代金をその場で現金で支払いました。掛け率は、今日販で仕入れている掛け率より1パーセント高いものでしたが、当時は店に配達してもらえて(福音館書店代理店こどものとも社社グループの仕入れは全て3次代理店の方へ取りに行かなければならなかったので)、普通の掛け率だったので、本当にうれしかったです。外はもう暗くなっていて、外商から店に戻ったところにその配達があって、今でもその時のうれしかったことをしっかりと覚えています。そして、その本が届くまでに受注したクリスマス採用の本や、そのほかの諸々の注文の本を書き出したリストを、その若い社員に手渡したのですが、鼻で笑ったような仕草をしたので、何か嫌な予感がしたこともしっかり覚えています。
そして、翌日「T社」北陸支店のS支店長から電話があって、いきなり怒鳴り声で、要するに「採用品のように同じ本を何冊もまとまったものなら用意してやってもいいが、こんな細かい注文品を用意しろというのか、バカヤロー!」ということなのですが、何を言っているのかわからない大きな怒鳴り声と、木で鼻をくくるような嘲笑と、バカヤローの繰り返しで、私は何も「T社」に損害を掛けたわけでもないはずなのですが、まだ20歳台だった私には、黙って電話を切ることしかできませんでした。「T社」とはそれで終わりです。

このとき、私は落合さんちの「クレヨンハウス」が、本屋としては動脈ともいえる取次帳合を、支払いの遅滞のために切られたことを知りました。驚きでした。ショックでした。児童書専門店を始めたばかりで、本の仕入れに困りはてている私には、落合さんちの「クレヨンハウス」は最高峰の存在なだけに。本屋をやるということは、本当に大変なことだと思い知ることになりました。大半の人は、これで終わりですよね。
しかし、落合さんはすごいです。たぶんこの「T社」との事故に取り組む中で、「子どもの文化普及協会」を設立されたのだと思います。強い人です!

「T社」の件からまた1年くらい経って、今度はウチが、3次代理店から1次代理店になった福音館書店代理店から取引を切られることになりました。本屋としてのウチの動脈の切断です。私の生活権にも係わることだと思います。契約当初に在庫を買い取らされていましたし、抱き合わせ販売の商品もたくさん買い取らされていたので、いくらかの商品を返品したことが原因となって、訴訟にもなりました。私が破産寸前に追い込まれた第1回目です。

このとき、「T社」の件もあり、おっかなびっくりで、しかし後がない状態で、金沢市長土塀の日本出版販売(株)北陸支店を訪ねました。当時、私がお客様からいただいていた、雑誌1,500部ほどの定期購読を、現在の取引先から切られたので用意してほしい、という言い分です。対応していただいたのがK課長さんで、ふくよかな体格でニコニコ私の話を聞いてくださって、すぐにOKが出ました。もうカチカチになって話していた私には、あまりにもあっけない成り行きに、もっと早く来ていればよかったとさえ思いました。
その時から、もう30年近く日販さんは、辛抱強くウチを支えてくださっています。もちろん、支払いができない月というのも何度もありました。そんな時は支店長に聞こえないように、担当者が支店の4階の奥の方にあるソファーのところまで私を連れて行って、いろいろ対策を考えてくださったりして、何とか乗り越えてきました。担当者さんは、その月の会議の時は、ウチのせいで支店長から叱られておられるはずで、ご迷惑をおかけしました。今後ともよろしくお願いいたします。

カテゴリー: 書-書店, 書‐新刊書 | コメントする

土木会議に行ってきました

7月1日から、うちの店では、「大地のめぐみブックフェア」を始めています。うちのカミさんが昨年から温めていた企画で、各出版社さんにもご協力いただき、Facebookでも「いいね」していただいたり、過分のコメントをいただいたりと、とてもうれしく思っています。
という訳で、私も「大地のめぐみフェア」に協賛の意味で、7月3、4日と泊り掛けで、高岡市雨晴温泉「磯はなび」で開かれた「土木会議」に行ってきました。私は昨年から土木委員なのです。
「雨晴海岸」は、「白砂青松百選」・「日本の渚百選」の一つで、昔源義経が雨を晴らしたという「義経岩」を前景に富山湾越しに見る立山連峰の雄大な眺めは絶景で、「磯はなび」の露天風呂から見ることができます。
isohanabi_kanban
「土木研修会」は、地下1階の会議室で開かれ、「稲作管理」のいろいろな事柄について指導があったのですが、大半が「カメムシ」対策に当てられました。今年の「カメムシすくい取り調査」では、平年の3倍、昨年の2倍発生しており、草刈り、耕起、大麦後の作付など徹底した対策が強調されました。
ちゃんと研修受けてきましたよ、という証拠に写真をパチリ。酒飲みに行っただけではないのです。
isohanabi_kenshukai
やっぱり研修会のあとは、ゆっくり温泉に入って、あとは親睦会です。親睦会に出たお酒が「磯はなび」オリジナル。「三笑楽」さんの造りで、とてもおいしいお酒でした。オリジナルなので、「特定名称」が記載されてないのが残念でした。
isohanabi_sanshoraku
「磯はなび」は、JA共済の施設ですが、百姓でなくても利用できますので、ぜひ。とてもいい温泉です。(#^.^#)

カテゴリー: の‐農業, 酒-日本酒 | コメントする