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本というモノ

子どもたちの使う教科書を、タブレット型のパソコンに替えていく試みが始まっている。小型といっても、安いものではない。個人持ちではなく、貸与、ということになる。

紙の教科書には、自分の名前を書いて、いつでも見られた。いつまでも、といってもいい。また、妹や弟が興味を持ってどんどん知識を早取りすることもできた。教科書に書かれた情報は、完全に、その子個人と家族の財産だった。

貸与されたタブレットがその子のモノでないことに、一抹のさびしさと危うさを感じる。借りモノのタブレットを返したとたんに中の情報も引き上げられてしまうような、頼りなさを感じるのだ。くりかえし勉強したい子もいるだろうに。

教科書とノートは、勉強の証拠品だ。成長のめやすといってもいい。処分する時期は、子ども一人ひとりの判断に任せてほしい。教科書だけでなく、本というモノはすべてそうだと思う。