日販担当者交代

ウチの日販の担当者さんが変わりました。日販は担当者が目まぐるしく変わります。交代して他の支店に異動されたのかといえば、必ずしもそうではありません。仲良しの人が支店内に増えていくということにもなります。どうも、担当が変わったのは一カ月程前だったみたいなのですが、カミさんが年間定期購読キャンペーン(雑誌を定期購読申し込みすると1か月分無料になる)のことや何やかやと(結果的には)前担当者宛に次々と問い合わせをするものだから、早くあいさつに行かなきゃダメだよということになって、電話で予告があっての7月5日来店になりました。
今度の担当者のGさんは、実は中堅取次「T社」の前北陸支店長さんです。「T社」さん大変なことになっちゃって、日販北陸支店さんに再就職されたのですね。経験豊富な方なわけで、いろいろ助けてもらえればと思います。
「T社さんといえば、「クレヨンハウス」さん、帳合は「T社」でしたよね、先日落合恵子さん、富山においでになって、ウチが即売したんです」、とついうっかり(本当に、ついうっかり)30年位前の話をしてしまい、Gさんも一瞬ドキィ!とされた様子に見えましたが、「東京にいた頃しばらく担当したことがありまして、もちろんご本人(落合さんのこと)にお会いしたことはありませんが、男じゃなくて、女性の担当者を寄こしてくれって、いわれちゃったりしてぇ」と苦笑いしておられました。落合さんちほどになると、取次との交渉は社長がお相手だったようで、著書の中で、取次の社長とやり取りした経過を書いておられます。だから、Gさんは、落合さんには会えなかったわけで、私にしても、日販の社長さんにお会いしたことなど一回もありません。「ついうっかり話してしまった」ことで、私の30年程前の苦い記憶を呼び覚ましてしまい、またGさんも、年の頃が私とそう変わらないと思いますので、まだ若い駆け出しの営業マンとして、つらい思いをされたのではないかと思いました。

私がプー横丁を個人創業したのは、昭和56年10月26日、26歳の時です。富山市清水町にあった醤油醸造所の豆蔵倉庫後を借りて、無店舗外商書店から始めました。(余談になりますが、我が家は、祖父の時代は醤油醸造業だったらしく、それが原因なのかどうかは知りませんが、何軒かの夜逃げした家の保証人になっていたりして、私が物心つく頃はまったく跡形もなく、しかし私は小さい時から「しょうやのぼうやちゃん」で、恐ろしいことにウチのカミさんもお嫁さんに来てからずっと「しょうやのねえちゃん」(もう何十年前の話?)で、「うちは「本屋」なのに、なんで「醤油屋」なが」と笑っていますが、醤油屋の倉庫から仕事を始めたのは、何か不思議な縁でした) 太田口通りに店舗を開いたのは、翌年の7月1日です。
私の本屋の最初は、福音館書店代理店こどものとも社社グループの3次代理店から分けてもらうことから始まりました。3次代理店からなので、1次代理店がいくらピンハネしているのかわかりませんでしたが、2次代理店で5パーセントのピンハネ、3次代理店で3パーセントのピンハネで私のところに入ってくるので、福音館書店の絵本でやっと2割の利益で、岩波書店が95掛け、1000円の本を売って50円、至光社に至っては98掛け、1000円の絵本を売って20円の利益でした。例えば、何とか図書館さんにお願いして買っていただけることもありましたが、ラベルを貼ったりカードを付けたり、ブッカーを掛けたりするするサービスができなかったので、5パーセント引きで勘弁してもらっていましたが、岩波書店の絵本をお買い上げいただいた場合ですと、95掛けマイナス5パーセント引きで、1000円の本をお買い上げいただいて利益が無いという具合、保育所や幼稚園でもご購入いただきましたが、大手の保育書出版社代理店さん各社がしっかりお出入りしておいでで、10パーセント引きは当たり前という状態の中、ここでも5パーセント引きで勘弁してもらっての販売で、そんなことをやっていました。至光社であれば赤字です。
ところが、お店の開店から1年余り過ぎた頃、3次代理店が2次代理店との契約を打ち切って、こどものとも社グループから抜けて、福音館書店と直接代理店契約を結ぶということが起きました。このことで、福音館書店の絵本の掛け率は5パーセントも下がったのでうれしかったのですが、福音館書店以外の出版物を殆ど仕入れることができなくなってしまいました。この3次代理店から福音館書店1次代理店になったところは、もともと文房具の納品屋さんなので、ほかの出版社さんの本が仕入れられなくても影響が少ないのですが、店を開いている私には大問題です。
当時は、富山の街中にはたくさんの書店があって、太田口通りから数百メートルの範囲にさえも、東西に好文堂、清明堂、瀬川書店、文鳩堂、中田図書、南北に清文堂、文泉堂、上野書店、大場書店、フタバブックス、ひまわり書店、他にもまだ何軒かあって、そのうえ古本屋さんも、南陽堂、今井書店のような老舗から、名前忘れちゃったのですが私がよく利用した堤町通りの古本屋さんとか、太田口通りには古書店チェーン貴文堂の本店があり、どちらも大賑わいで、それこそ中でもひときわ小さい、6坪くらいだったと思うのですが、「T社」帳合のB堂さんでも、百科事典や文学全集の注文が入って入って、荷物を捌くのに夜も眠れないと言っておられたことを覚えています。そんな時代背景の中で、本を仕入れようにも、全く仕入れる方法がありません。今、街の本屋さんたちや新興出版社さんたちが、いろいろ工夫して、新しい本の流通の試みに挑戦しておられ、ウチも興味津々ですが、当時の既存の書店さんたちには、全く要らないことだし、既存の本の流通に、少しのほころびも生まれてはいませんでした。ましてや、私の場合は、児童書専門店です。誰も相手にしてくれません。
時は年末年始を目の前にした11月、クリスマスは、店売も外商も最大の書き入れ時です。年が明ければ、新学期の採用決定期、学校巡回が控えています。何とか本を手に入れることができないか、できれば正常なルートで、普通の掛け率でと、必死の思いで出かけて行ったのが、当時金沢市の近江町市場の近くで、金石街道沿いにあった、「T社」北陸支店でした。

「T社」北陸支店へ行くと、S支店長さんにお会いすることはできたのですが、全くの立ち話で、開口一番、「児童書専門店は、ダメ。そんなものやれるはずがない。落合恵子のクレヨンハウス、あそこうちなんだけど、切っちゃたよ」と自慢話のようにはなされました。何か私が悪いことをいているヤツというように見下して睨んでおられるので、なかなか話になりません。もう帰れ、という対応だったのですが、簡単に引き下がることができないこちらの事情があるので、全て注文品であることや、採用品が多いことなど話して踏ん張って踏ん張って、やっとその都度現金決済で取引してもらえるところまで話がまとまりました。ちょうどクリスマスプレゼント採用の受注、「たこをあげるひとまねこざる」53冊を持っていたので、それを発注して、ホットして、内心ワクワクして帰りました。1週間ほどして、「T社」のジーパン姿の若い社員が、ウチの店まで配達に来てくれて、約束通り代金をその場で現金で支払いました。掛け率は、今日販で仕入れている掛け率より1パーセント高いものでしたが、当時は店に配達してもらえて(福音館書店代理店こどものとも社社グループの仕入れは全て3次代理店の方へ取りに行かなければならなかったので)、普通の掛け率だったので、本当にうれしかったです。外はもう暗くなっていて、外商から店に戻ったところにその配達があって、今でもその時のうれしかったことをしっかりと覚えています。そして、その本が届くまでに受注したクリスマス採用の本や、そのほかの諸々の注文の本を書き出したリストを、その若い社員に手渡したのですが、鼻で笑ったような仕草をしたので、何か嫌な予感がしたこともしっかり覚えています。
そして、翌日「T社」北陸支店のS支店長から電話があって、いきなり怒鳴り声で、要するに「採用品のように同じ本を何冊もまとまったものなら用意してやってもいいが、こんな細かい注文品を用意しろというのか、バカヤロー!」ということなのですが、何を言っているのかわからない大きな怒鳴り声と、木で鼻をくくるような嘲笑と、バカヤローの繰り返しで、私は何も「T社」に損害を掛けたわけでもないはずなのですが、まだ20歳台だった私には、黙って電話を切ることしかできませんでした。「T社」とはそれで終わりです。

このとき、私は落合さんちの「クレヨンハウス」が、本屋としては動脈ともいえる取次帳合を、支払いの遅滞のために切られたことを知りました。驚きでした。ショックでした。児童書専門店を始めたばかりで、本の仕入れに困りはてている私には、落合さんちの「クレヨンハウス」は最高峰の存在なだけに。本屋をやるということは、本当に大変なことだと思い知ることになりました。大半の人は、これで終わりですよね。
しかし、落合さんはすごいです。たぶんこの「T社」との事故に取り組む中で、「子どもの文化普及協会」を設立されたのだと思います。強い人です!

「T社」の件からまた1年くらい経って、今度はウチが、3次代理店から1次代理店になった福音館書店代理店から取引を切られることになりました。本屋としてのウチの動脈の切断です。私の生活権にも係わることだと思います。契約当初に在庫を買い取らされていましたし、抱き合わせ販売の商品もたくさん買い取らされていたので、いくらかの商品を返品したことが原因となって、訴訟にもなりました。私が破産寸前に追い込まれた第1回目です。

このとき、「T社」の件もあり、おっかなびっくりで、しかし後がない状態で、金沢市長土塀の日本出版販売(株)北陸支店を訪ねました。当時、私がお客様からいただいていた、雑誌1,500部ほどの定期購読を、現在の取引先から切られたので用意してほしい、という言い分です。対応していただいたのがK課長さんで、ふくよかな体格でニコニコ私の話を聞いてくださって、すぐにOKが出ました。もうカチカチになって話していた私には、あまりにもあっけない成り行きに、もっと早く来ていればよかったとさえ思いました。
その時から、もう30年近く日販さんは、辛抱強くウチを支えてくださっています。もちろん、支払いができない月というのも何度もありました。そんな時は支店長に聞こえないように、担当者が支店の4階の奥の方にあるソファーのところまで私を連れて行って、いろいろ対策を考えてくださったりして、何とか乗り越えてきました。担当者さんは、その月の会議の時は、ウチのせいで支店長から叱られておられるはずで、ご迷惑をおかけしました。今後ともよろしくお願いいたします。

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