総曲輪通りのS書店 その4

 S書店の本店閉店を知らせる貼り紙の横に、岩波書店全商品20%引きの貼り紙がありました。店内全商品20%引きではなく、岩波書店に限ってです。一般の方にはただのバーゲンセールのお知らせと変わりませんが、書店人にとっては、あるいは私にとっては意味深いものです。
 岩波書店は、ISBNコードの出版社記号が「00」(1-旺文社、3-偕成社、4-角川、5-学研、6-講談社、8-集英社、9-小学館、こくま社になると7721、8340-福音館と児童書出版社は4桁が一般的、5桁の出版社もザラ)の、今年100周年を迎えた超老舗出版社です。誰もがご存知の通り、学術書の出版、岩波文庫、岩波新書、子どもの本の世界においては岩波子どもの本や多くの児童書の出版など、文化における功績は大変なものです。また、社会においても、目下大問題の原発や特定秘密保護法、沖縄と基地、市場化、民営化される日本社会など、例えば原発について、福島の事故以前から、反原発を鮮明に打ち出した出版活動を展開し、今年3月には福島で内橋克人氏とアーサー・ビナード氏の講演会を入場無料で開催していますし、今月の『世界12月号』では、「暴走する安全保障政策」と題して、国家安全保障基本法や特定秘密保護法について特集し、岩波新書の『米軍と農民』を復刊するなど、あらゆる分野において世論をリードする役割を担い、社会貢献を惜しまない立派な出版社です。
 一方、書店の立場で、とくに地方の書店にとって岩波書店は、とてもキビシイ取引先です。
書籍流通は委託販売が一般的で、返品何でもOKというポプラ社のような出版社が何社もある中で、責任販売制という、完全買切、返品不可のルールを貫いています。正味(掛率)も80%を超え、他の出版社と比べて数%高正味です。20%引きで販売すれば、利益はありません。しかし、売れ残れば損害です。また、注文を受けた岩波の本をお客さんが取りに来なかったり、汚れたり痛んだりした本が送られて来てお客さんに受け取りを拒否されたりすると、その本は自動的に不良在庫となり、書店にとっては損害になるのです。多くの書店で岩波書店の本が置かれてなかったり、在っても日焼けして表紙がはげた本ばかりになっていたりするのは、この取引条件のためなのです。
 このリスクが大変で、ウチも頑張って20年ほど前に岩波書店特約店になりました。が、少子化?、本離れ?のせいで、販売量が減って、数年前に何の連絡もなく一方的に切られました(特約店契約が切れても、注文すれば本は入荷します)。特約店を維持するためには、まず何よりも販売量です。これが地方の、ウチのような専門店には並大抵ではないのです。しかし、この一定の販売量をクリアしていれば、それぞれ規模に沿った委託品がもらえます。委託品は1年ごとに、新しいものと入れ替えになります。この交換で精算し、差額が出た分だけ支払いになります。ところが、特約店契約をしていると、この間に出版された新刊本が
、無条件に(注文もしていない買い切になる本が)数冊ずつ送られてくることにもなるのです。委託品の交換時に、これら送品されてきた新刊本などで売れ残ったものを混ぜて返送しても構わないことになっていますが、委託品総額を超えて返送することはできません。特約店契約をしていた時期、この委託品は本当に助かりました。ただ、ウチの場合、何の連絡もなく一方的に委託品が止まり、特約店契約が切られたことに気づかなかったため、その間も新刊本は送り続けられていたので、結構の量になり、しかも運悪くその頃の岩波書店の新刊本は、ひとまねこざるのミニ絵本とか岩波書店らしからぬ中身の子どものための科学の本とかだったので、殆どが売れ残り、大量の不良在庫になってしまいました。今でも私を苦しめています。苦し~い!!
 話をS書店に戻すと、私がよく知っていた(高校生の)頃S書店は、こんな大変な岩波書店の本を、大量に、ある意味で完璧に揃えておられたと思います。その後も、岩波書店の大特約店として、ある意味富山市の岩波読者を一手に引き受けておられたといえます。それだけに、充分な在庫もお持ちであったと思います。以前(ウチもまだ特約店だった頃)、広辞苑が改版になった頃のことです。岩波書店の営業の方が来店しておられて、ウチの次にS書店本店を訪問されるとのこと。帰り際、新版が出るのであれば旧版の広辞苑を引き取ってくれというS書店さんの要請を、これから行って押し返さなければならないと、まるで戦場に向かう兵士のような厳しい表情で出掛けられたことが忘れられません。どちらも大変です。充分な在庫をいつでも用意していることは、大特約店としての責務とS書店さんは考えておいでだったのでしょう。岩波書店としては責任販売制のルールを守らなければなりません。予め改版の案内をしてあるから在庫調整はできたはずという出版社の言い分もあるでしょう。しかし、書籍は食料品などと違って、一人で何冊も買ってはもらえません。清酒「立山」、「勝駒」や「満寿泉」なら毎日呑んで、空になればまた同じものを買いますが、広辞苑を何冊も買う人はいません。本は時間をかけて、確実に読者に届けていくものなのです。また、もう直ぐ改版になるので在庫はありませんというものでもないでしょう。この攻防の結果は知りませんが、
S書店さんが痛い目に遭ったのではないかと思うと、心が痛みます。
 私が高校生の時、S書店本店の岩波書店の本が全部(大量です)なくなったことがあります。そして、空っぽになった棚の全てに、「岩波新書の値上げに反対します」 と岩波書店の出版物を棚から引っ込めた趣旨と客への理解とお詫びが書かれた貼り紙がされていました。壮観でした。ビックリしました。先代の社長さんは、スマートで穏やかな感じでしたが、書店気質といえばよいのでしょうか、なかなか篤い人だったのでしょう。出版社も、書店も、読者も、みんな平和で、元気な時代でした。

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本と映画とパソコンと写真とお酒が大好き。
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