総曲輪通りのS書店 その2

 私が初めてS書店本店へ行ったのは、高校入学早々、英語READERの「勉強チュー」先生から出された課題のためです。課題の本は自宅近くの本屋には絶対にないものなので、入学仕立てで富山市内の事情が全くわかっていない私を、クラスメイトが連れてってくれたのが、S書店本店でした。
 高校1年生の英語担任はREADERが2人、GRAMMARとCOMPOSITIONで1人の3人で、それそれに「勉強チュー」「夜光チュー」「荒井チュー」とあだ名が付いていました。「荒井チュー」先生は、その頃人気の「ザ・ドリフターズ」の荒井注にそっくりで、本名はU。ある時同級生がこのU先生を訪ねて職員室へ行き、誤って「荒井先生は?」と聞いてしまった。ところがなんと!近くにおられた先生が「あちらだよ」とU先生を指差したのです。そんな信じれないようなことが起きるほどの混乱振り。「夜光チュー」先生は、例えるならタンタンのビーカー教授。甲高いしゃがれ声で、自分で読んで自分で訳して、しばし満足、この繰り返しで、どんどん読み進めます。生徒は付いていくのが大変。巨大な頭は、連続発光です。「勉強チュー」先生は、風貌は歯いしゃのチュー先生、だけど勉強中毒で痩せ気味。「勉強チュー」先生の机は、職員室でなく、なぜか図書館の管理室の中にあって、読書中毒。いつも分厚いシェイクスピアの原書を持ち歩き、生徒を捉まえては読んで聞かせ感想を求める。英詩の一節を読み上げ、聞き比べさせる。挙句に、シェイクスピアの原書を読めと生徒に強要する。という具合で、無茶苦茶なように見えますが、なんと!「勉強チュー」は東大卒、「荒井チュー」は京大卒(「夜光チュー」は不詳)と、実は厳しい英語先生たちなのです。
 この「勉強チュー」先生の最初の授業(英語READERⅡ)で、「S(私)君、発音が変だね。中学校はどこだ」と厳しい指摘。「来週までに『古代への情熱―シュリーマン自伝』を読んでレポートしなさい」と屈辱的な宿題を与えられてしまいました。(当時の私が、このロマンチックな宿題に感謝し、シュリーマンが子どもの頃に抱いた夢を温め、ホメロスの叙事詩に詠われた遺跡を掘り当てていく偉業に、語学力が如何に貢献したかを感じ取ることができていたら、今の私とは違う私であったに違いない。英語の授業の中で辞書を使う指導さえ受けたことのない在郷の中学校から、街の高校へ入学した途端、英和じゃなくて英英を使ったほうが良いと英語の先生が当たり前の顔で話すような異次元の世界に放り込まれた田舎者には、発音がおかしいといわれても、方言の矯正ほどにしか受け止めることができなかったのです。レポートの方も、言語の習得の方法について書かれている部分を取り上げて、反省文のようなことを書いたのではなかったかと記憶しています。「勉強チュー」は失望しただろうし、私はとても残念です)ところが驚いたことに、下校時に国鉄の列車の中で一緒になった同じK中学校出身者が、皆同じ課題を与えられているのです。今日一日で片っ端から釣り上げられてしまったわけです。
 今のS書店本店は、明るく、店内を見渡せるくらい適当な高さの棚が整然と並び、通路も広々とゆとりがあります。当時は入り口が新刊書や文芸書のコーナーになっていて、棚差しと平積みの本でびっしり埋められ、賑やでとても楽しい感じでしたが、目的の岩波文庫は、店のずっと奥の壁際の、人がすれ違うのもやっとの狭い通路に、天井まで届く柱を囲む四面の棚が何本かある文庫本コーナーにあり、しかもかなりのスペースです。薄暗い空間に人もたくさんいて、本もいっぱいある。初めて来た私は面食らってしまって、とても一人では目的の本を見つけることはできなかったでしょう。一緒に来てくれたクラスメイトが、棚から紐で吊り下げられた目録を頼りに探し出してくれて、何とか手にすることができました。今でも感謝しています。岩波文庫『古代への情熱―シュリーマン自伝』は確か星印2つで、当時星印1つが50円だったと曖昧に記憶しています。その時の、夕方近くの総曲輪通りの雑踏や、店内の賑わい、薄暗い文庫本コーナーでいろんな年代の人たちが狭い合間をすれ違いながら棚に張り付いていた様子を思い出すと、S書店本店の広さは今も同じなのに、ずっと大きかったような気がしてなりません。
 というわけで、クラスメイトのおかげで知ることになったS書店本店に、その後毎日通うことになりました。岩波文庫『古代への情熱―シュリーマン自伝』の方は、中学校の時読んでいたような、推理小説や文学全集とは比べ物にならない難解さで、本当に英語の先生たちは厳しかった!
です。
 私の英語担任ではなかったのですが、K先生という女性の英語の先生(女性の先生は、このK先生と保健体育の先生だけでした。K女史という感じ。実はこの先生の娘さんが家の店のお客さんで、若くて、背の高いすらりとした、美人で、やさしい方なのです。何かのはずみでK先生の娘さんだと知って、びっくり。信じられませんでした。今でも信じられません。しかも、K先生と同じ、私の母校T高校の先生をしておられるというのです。これにもびっくりました)がおられて、ある日私に、「S(私)君、日本語の発音、変ね。中学校はどこ?」と厳しい指摘。「日本語!?」 
(*10月7日にS書店本店は本当に閉店しました。残念。つづく)

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