幻の酒?

 春にJAバンクの口座を開設したら、6月に営農組合の4月の出役分が振り込まれていたので、これをお酒資金に充てようと、3,000円を残してかみさんに渡しました。東北支援で福島「奥の松」、長女の勤め先のお中元セールで頼まれて「麒麟山」、店のお向かいの郵便局の近所付合いに「越後鶴亀」などの代金です。取り置いた3000円は「勝駒」を買うためです。「勝駒」は、富山ではとても人気の銘柄で、うっかりしていると買い損ねます。という訳で、6月に3,000円持って酒屋さんに出かけましたが、どこの店も(富山市内には4軒取扱店があります)売り切れでした。7月は忙しく、8月になって娘を中国に送り出して少し落ち着いたので、酒屋さんへ行ってみると在りました在りました、件の3,000円で「勝駒純米酒」1升瓶2,940円買いました。
 「勝駒」は、高岡のお酒で、ラベルは池田満寿夫さんの書です。ラベルの右には、「小さな手造り酒やですから 年に、そう、こっぽり とはできません」と、左には「造り手、僅か五人で、こつこつと一心に醸っています。‥‥年に少量、でも、量産では出せないうまさを醸り続け、守ってゆきたい‥‥」と書かれています。うっかりしてると直ぐ売り切れになっちゃいますが、「勝駒」を「幻の酒」という人はいません。
 富山で日本酒といえば「立山」です。地酒ブームの頃、福音館書店の課長さんが、「S(私)さん、私今「立山」飲んでますよ」とおっしゃられて、私もまだ若かったので、何で東京でわざわざ「立山」を飲むのだろう、もっといろいろあるだろうにと思ったことをおぼえています。その頃、東京ではなかなか「立山」が手に入らなくて、「幻の酒」と呼ばれたこともあったそうです。
 しかし、富山で「立山」は「幻の酒」ではありません。酒屋さんはもちろん、百貨店にも、どこのスーパーマーケットにも、駅の売店にも、コンビニにもいっぱい置いてあります。3万5千石(今はもっと増石しているかもしれません)も造っていて、北陸随一の醸造量です。ところがその9割は富山県で飲まれていて、地酒ブームの頃は富山で大方消費されて東京には回らず、お気の毒に「幻の酒」になってしまったのかもしれません。
 昨年会津若松へ行ったとき、駅内の蕎麦屋さんの店頭に「飛露喜飲めます。飛露喜は、会津でも幻の酒」と貼紙がしてありました。会津若松駅近くの酒屋さんのホームページでは、私が出掛けたちょうどその日が「飛露喜」の発売日で、お一人様一本の整理券をもらうために早朝から行列になるみたいです。会津若松の街の中の酒屋さんは、インターネットで会員限定の抽選会をして販売しているみたいです。会津の地酒なのに、会津の人が普通には飲めないというのに、ちょっと驚きました。
 お酒の情報をインターネットで調べていると、もっと凄い「幻の酒」がありました。酒の評論家が、山形の「十四代」という地酒について書こうと思ったが、なかなか手に入らず、山形の酒だから山形へ行けばあるだろうと山形へ出掛けたが、全く手に入らず、結局東京へ戻って手に入れたというのです。山形の地酒「十四代」は、山形の人は飲めないということです。これってどういうことなの?と思いました。
 一つは、地方切捨て。うちのような地方の零細専門書店は、ちょっとベストセラーになると直ぐ配本が止まります。(本屋のセカイでは、ベストセラーは川を越えないって言います。川ってどこの?川越市の川越ってそういう意味なの!)ハリーポッターの時などは、予約の確認済連絡が届いているにもかかわらず、発売日に配本がなくて、朝早くから本を取りに来たお客さんが店頭で途方にくれる、うちは取次さんに電話しまくるという状態になりました。テレビでは東京の丸善に山のように積み上げられて、お客さんが殺到し、インタビューを受けているニュース番組が報道されていました。そういう話はそれこそ山のようにあるのです。今までに一番困ったのは、20年程前ですが、『がんばれヘンリーくん』シリーズの『ラモーナとおとうさん』がとても気に入って、発売当初から力を入れて多目に仕入れお客さんに紹介していました。ところが、その本がその年の夏休みの課題図書に選定され、途端に全く入荷しなくなり、注文を出しても出しても入荷しません。お客様からは「夏休みが終わってしまう」と苦情です。結局夏休み中は入荷せず、夏休みが終わってからドオッと山のように送られてきました。送られて来た本には、全部、課題図書の丸いシールが貼られていて、本はすごく傷んでいます。このシールが貼られていると、書店は返品できないルールなのですが。多分都会の大手書店が夏休み中使うだけ使って、夏休みが終わったらゴリ押しで返してきたのでしょう。それが私のところへ送られて来たのだと思います。都会が出した夏休みのゴミを地方に捨てに来たのです。(だんだん興奮してきました)
 その二は、都会のための地方。山形の地酒が、ほとんど都会へ持って行かれてしまって、山形で飲めない!それは地酒でなくて、特産品?東京のために、集約的に山形で生産される、プランテーションだよ。サクランボ「佐藤錦」は山形の人、食べれるんだろうか。10年前程に読んだ岩波新書の『バナナと日本人』みたいな話だ‥‥と、かみさんに話していると、「それは、やっぱり、山形へ行ってみないとね」と言われてしまい、「東京と地方」その三も、その四もあったのですが急に醒めてしまいました。確かにこの地酒の話、「東京と地方」というのとは少し違うようです。
 先日中国へ留学したF子(三女)がまだ中学生の頃、店の近所のスーパーマーケット・ユニーでグリコのバニラアイスクリームを3個買ってきて、私と妻と娘で食べているときに、妻がカップに書かれている製造工場の住所に「福島県南相馬市」の文字を見つけて、「何と読みますか?」と娘に問題を出しました。「そうま」とちゃんと読めるかなと思っていると、娘は隣県のこれも読むのが難しい町の名前を言います。一瞬びっくりしてしまって声も出ません。だいたいこのF子は、保育園児の頃にカルタ取りをしていて、どうしても自分が読み札を読むのだと言い張り、仕方がないので読ませたところ、のっけから「たいさん たこたこ‥‥」と読み始め、みんな何を言っているのか分からず、一瞬呆気に取られ、カルタ取りの手が止まりました。読み札を確かめると、そこには「にいさん、にこにこ、にんじんたべる」と書かれていて、「に」と「た」の間違いに家族で大笑いしたことがあります。早速娘のカップの製造工場を見ると、確かに隣県の地名が書かれています。同じ冷凍ケースから買ってきた、カップは同じデザインのアイスクリームなのに、違う工場のものが混じって売られていたのです。では、味はどうかと食べ比べると、これが大変に違うのです。南相馬の方が濃厚な味で、もう一方はどちらかというと青っぽい味なのです。3人ともビックリ!です。やっぱり牛さんによって違うんだよ、餌に違いがあるのかなあ―など話したことをおぼえています。これ程に、農作物はその時々に味わいが違うのです。
  私は、「飛露喜」も「十四代」も飲んだことがありません。美味しい酒にちがいないでしょう。でも、そんなに入手し辛いと、一生の内で飲めるのは数回。私は百姓の子なので、酒は農産品である以上、その時々で違う味のはずだと思うのです。日本酒は、原材料が単一で、飲み方も単一です。米の作柄は、その年毎だけでなく、圃場によっても違うのです。一生の内で数回出会う美味しいは、それぞれに違う味のはずで、「飛露喜」や「十四代」という銘柄が同じなのだと思うのです。殊の外美味しい年もあれば、合わない味の年もあるはずで、ずっと飲み続けることができてこその地酒だと思うのです。会津若松にしろ、山形にしろ、大変な酒処ですから、美味しい地酒はいっぱいあって、「幻の酒」が飲めなくても、それぞれの人にいつも飲んでいる地酒がちゃんとあるのです。そのことを忘れていました。運が良くて、「幻の酒」を飲めたらラッキーということですね。
 富山には、「幻の酒」ならぬ「幻の瀧」というお酒があります。黒部峡谷に音はすれど目にすることのできない、熟練の登山者の間で「幻の瀧」と呼ばれている滝があり、そこから付けられた名前です。(このことについてはまた今度)

ponpon について

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