大石芳野さんの講演会が8月4日近江町ふれあい館交流プラザで開かれました。テーマは「福島FUKUSHIMA土と生きる」。今年1月に発行された写真集の写真とその後撮影された写真をスライドで見ながらお話を聞きました。(写真集『福島FUKUSHIMA土と生きる』は、「みんな元気になる絵本」 第191回(最新)でご紹介しました) 大石さんは、スライドトークの前に、どうして福島へ行くことになったのか、次のように話されました。
「3.11直後に行きたかったが、体調が優れず、福島へ行くことができたのは、5月2日でした。NHKの中継で、地震、津波のこの世のものとは思えぬ惨状に愕然としました。12日からは、第一原発の爆発などたて続き、よく分からないままでいました。」
「情報、報道が少なく、どうなっているのだろうと思って、新幹線から降りた福島の駅や市街地は、とても明るいのです。東京は節電、計画停電と暗いのに、どうしてなの?こんなに明るくてはいけないんじゃないの!と思いました。」
「あっ、そうか!福島は東北電力なんだと気づきました。福島の人たちは、使ってもいない東京電力の放射能を浴びてしまったのだと。これってどういうことなの?!と思ったとき、私は、福島から逃れられない重いものを感じました。」
「新緑が美しい風景なのに、人がいないところが多く、深呼吸したい程清々しい空気は、汚染されている。どう理解すればいいのか分からない。そこでいろんな人たちにお話を聞いて回ることにしました。多くは農家の人たちです。一言で言うと、「土」を汚された、「土」を奪われた。私であれば「カメラ」を取り上げられたようなものです。-何もできない。-自分の人生を否定されたようなものだ。いろいろな人がそう言っています。」
「土と生きている人の人生-どうにもならないのか。土に生きる人々を取材していこう。丹念に聞いていこうと思いました。」
「丹念に聞いていこう」と話されるのを聞いて、ハッとしました。丹念に聞き出したことを、そのままに写し撮っていく、そういう活動を繰り返し繰り返し行っておられるのだなあと思いました。優れたジャーナリストやノンフィクション作家も同じような手続きをするのだろうと思いました。写真家が福島へ出掛けて、パチパチスナップ写真を撮って、シャッターチャンスに恵まれ、農家の人たちの思わぬ在り様や、一瞬の表情が写し撮れ、そこに被写体の本質が写し出された-などということは絶対にないということを改めて痛感させられました。当たり前のことなのに!(つづく)