大石芳野さんが金沢に来た!1 - 命を懸ける

 今週の日曜日(8/4)に金沢市で大石芳野さんの講演会が開催されました。金沢の台所・近江町市場に隣接する近江町ふれあい館交流プラザで開かれました。金沢の濱東さん(ブックこどもの店主で、たんぽぽ文庫の主宰者で、わたげだよりの発行人で、私の恩人である)から知らせてもらい、ぜひともお話をお聞きしたいと、それーっとばかりに妻と出掛けました。
 大石芳野さんは、ベトナム、カンボジア、ラオス、コソボ、アフガニスタン、オキナワ、ヒロシマなど多くの国々や地域を訪ね、その土地の人々に寄り添い、戦争や災害で失った家、家族、大切な人たち、深い傷を負った人々の心を撮り続け、発信し続けておられる、私がとても尊敬している写真家です。
 主催者代表の飯田さんも、冒頭の挨拶で、「‥‥大石さんを知らなかったのですが、この『福島FUKUSHIMA土と生きる』を見て、すぐにお話をお聞きしたいと思い講演をお願いしたところ、快くお引き受けくださり、早速図書館へ行って調べたら、30冊以上ものどれも立派な本を出しておられて、これは大変な方にお願いしたと‥‥」と話しておられました。(飯田さんのリーダーシップがあってこそ、大石さんのお話が聞けたことに感謝します)
  「みんな元気になる絵本」でも 第166回に『それでも笑みを』をご紹介させていただきました。その折も、大石さんからFAXでご丁寧なお手紙をいただきました。長い撮影活動から帰宅されたところに出版社からの案内が来ていて、即座にお送りいただいたご様子でした。妻は一生の宝物!と感激しています。
 今回のテーマは、「福島FUKUSHIMA土と生きる」。今年1月30日に発行された写真集の写真と、発行後に撮影された写真も交えて、レンズを通して見た、「土と生きる福島」の人々の、原発事故後の「土といのちを奪われた」怒り、苦悩、そして未来への希望をお話しされました。
 大石さんは、力強い意思で、福島の今を撮り続けておられます。福島の今を撮影しておられるということは、立入禁止や線量計の針が振り切れてしまうような汚染地区に分け入っての活動ということでもあるのです。参加者の中の元県会議員の女性Oさんからは、「私は原発事故後2度福島を訪ねましたが、立入禁止区域には入れませんでした。よく入れましたね?」という質問があり、大石さんは、「私は許可を取って入っています」との答え。「防護服を着て入られたのですか?」とOさん。「いえ、そういうものは付けません。農家の人と入るのですから。農家の人はそういうものは付けませんから、私も付けません」「__!!」
 また、福島第一原発から3km地点で撮影された写真についてのお話では、「線量計は振り切れていました。向こう左から1号機の排気塔、続いて2号機、そして3,4号機‥‥。撮影時は向こうからこちらに向かって強い風が吹いていて、あっ!被曝したなと思いました」「__!!」
 参加者全員、大石さんの信念の固さに圧倒させられました。
(講演の内容については、たくさんあるので次回に)
 「はい!」と手を挙げて、我らが濱東さん。「先生が命を懸けて撮られた写真であることが分かりました。かつお先生(児童文学者かつおきんやさんは金沢市在住です)も、命を懸けた作品が人を動かすとおっしゃっています。命を懸けられた本だということを知って感動しました」と真っ赤になって、涙ながらに発言しておられました。本当にそのとおりだと思いました。(ただ、濱東さんは、おととしの9月に小脳出血で倒れ、半身不随と視力を失うという状態なりました。幸い発見も、回復も早く、半身不随も残らず、視力も回復し、今日は顔色もよく元気で安心していた矢先だったので、頼むから興奮しないでという思いでした。まさか、大石さんに、この人を興奮させないでくださいとも言えないし‥‥ つづく)

ponpon の紹介

本と映画とパソコンと写真とお酒が大好き。
カテゴリー: 写-写真集 パーマリンク

コメントを残す